作品にまつわる読み物~「1+1=1の音楽」

 まずはじめに、筆者は、バンド森は生きているのファースト・アルバム『森は生きている』と、セカンド・アルバム『グッド・ナイト』の制作にA&Rディレクターとして関わった者であるということをお伝えしておかなければなるまい。今、彼らとの制作の日々を振り返るに、その出会いや日常のやりとり、そしてレコーディングやライブの現場での出来事など、まだたった3~4年前のことであるというのがにわかに信じがたく思われる。この感覚はまるで、「遠い昔のようだ」と述懐されたり、若しくは「あの時あんなことがあったな」といったような単線的な時間の捉え方とはまるで別種の、入り組んだ時空概念が絡み合ったような様相であると言ったほうが正しい気がする。今、去来する様々な出来事は、たしかに仔細にわたりヴィヴィドな感覚を湛えているのだが、なぜだか、三原色の色感を欠いた、穏やかでいつつも鮮やかなコントラストを持ったモノトーンかセピアの映像であったりする。出来すぎた符合かもしれないが、それは、彼らの作品のアートワークに通底していた、あのモノトーンの感覚を思わせる。


 惜しまれながらのバンド解散後、バンドのリーダーでありソングライターであった岡田拓郎は、自身のソロ作のリリースに向けて、改めて音楽に向き合う作業を始めた。類まれな音楽的感度と昇華力、そして演奏力を兼ね備えた岡田が、次なる作品でどのような世界を創り上げるのかといった興味は、バンドに関わった者としての立場以上に、単純に一音楽ファンとして非常に大きなものだった。過去の芳醇な音楽遺産へ大きな敬意と理解を持ちながらそれらのエッセンスを巧みに取り出す手腕とセンス、そしてまた同時に、それを大胆に破壊・再構築していくことを厭わない野心的なしんがりの思想。常に自己の創作に対し厳しく、また素直でいること。ロマン主義的精神と現代的批評精神が一個のアーティストの中に共存し、バランスし、時に相克し、それ自体が大きなパッションとして立ち現れる。私個人の経験としても、ここまで現代的な意味において「アーティスト然」としたアーティストは他に知らない。だからこそ、初となるソロ作の制作にあたって彼がどんなことを考え、どんなことを成し遂げようとしているのかといったことは、大きな関心事として常にあったし、折にふれその動向を見つめてきたのだった。そして、いよいよここに、その作品が姿を現した。


 果たして、この作品は、あまりに素晴らしく、そして美しいと断言できる。この原稿を執筆する以前、完成報告とともに彼から作品音源が送られてきて初めて聴いた時の驚き。そしてこの原稿執筆のために、改めてじっくりと鑑賞している今もまた、驚嘆を隠すことが難しい。いやむしろ、聴き込んでいくごとに、ここに織り込まれている様々な美しさが新たにその姿を垣間見せる。バンド解散と前後する時期から着実に書き溜められていった楽曲群。さらにそれを精査し、プリ・プロダクション~レコーディング~ミックス~マスタリングという具体的行程を経ているとはいえ、ここには、そういう不可逆的な作品作りの時間の流れによって楽曲が完成に向かって「固着」されていく、という感覚は希薄である(勿論極めて精緻で、高い完成度となってるのだが)。むしろ、彼の頭の中で想起された楽曲イメージに沿って流転的に楽曲が「生起」しているといった表し方のほうが近いのではないだろうか。よく、森は生きているの作品(特にセカンド・アルバム)に対しても語られたような、偏執的かつ密室的な空気といったようなものとは無縁で、音楽世界内部から外部に向かって美が滴り落ち、同時に音楽自体が様々な美との接合を求めているような、そういった開放感とも言えるべきものを感じるのである。これは、通常バンド作品がある種の「民主的」プロセスを反映した作品内容になり、ソロ作品は一アーティストの脳内世界を濃縮再現したような、いわゆる「閉じられた」ものになるといった、一般的な理解とは逆転した現象だ。そして、ここにこそ、本作の音楽的美しさ、そして一個の芸術作品としての特異性が存在しているように思われる。実際に彼本人から制作のプロセスについて話を聞いた際などには、全てのコントロールを彼が握るというより、多彩なゲスト・ミュージシャン(時にはボーカル・パートまでをも他シンガーに委任しているのだ)を織り交ぜることで生じる偶発性を重んじ、またはミュージシャン同士のフィジカルな相反応が複合的な音として現出すること、もっと敷衍的な言い方をするなら、「美へと開かれた」世界を作ることへ、ソロアーティストとしての強い意識と並列して、かなり自覚的に取り組んでいたのではないだろうか、という気づきを得たりした。そして実は、ここでの彼の視点というのは、実は彼が長きに渡りリスナーとして音楽に接してきた時に自然と発動していた感性なのではないかとも思う。そうやって開かれた感性で音楽に接しながら、様々な音楽の魅力/エッセンスを血肉化し、自らの中に蓄積してきた彼が、いよいよ自身の創作にあたっても、そのセンスを縦横無尽に駆使・開陳し始めたのではないだろうか。これは、バンド時代のアプローチからすると、まったく別のパラダイムと言っても良い。
 ここで、各曲の魅力に細かく触れていくことをしたい衝動にかられながらも、こうした場(オフィシャルなアルバム特設サイトという場所)で、そうやって私の言葉で文字化してしまうことの無粋には敏感でいたい。勿論、一曲目から終曲まで、彼の大きなルーツの一つであるフォーク・ミュージックや先鋭的ジャズ、同時代のインディー・ロック、ポップス、または前衛音楽、そういった様々な要素が縱橫に注ぎ込まれ、極めてヴァーサイタルな音楽的野心の詰まった、非常なレベルで「粒ぞろい」のアルバムであるし、また、前述した通り元森は生きているの朋友たちをはじめとした様々な個性的なミュージシャンが集っていることからも、各曲のパーソネルの魅力について詳述することも可能であろうが、それこそは聴き手が各々でブックレットを片手に味わっていただくべき事柄であるから、ここで私がその大きな愉悦を先に奪ってしまうようなこともしない。むしろ私はここであえて、これまで評論というものが果敢に挑みながらも、様々な珍奇な挫折例を提供してきた、シンボリズム的考察を行ってみたいのだ。幸いにして私のここでの役目は、音楽評論家としてではなくて、彼を知る者としてのエッセイのようなものであると都合よく解釈させて頂き、以下筆を続けさせて頂く。


 アルバム・タイトル(同名曲も収録されている)の『ノスタルジア』。初めてこのタイトルを知った時、私は、ともすると危うい誤解を引き寄せるたぐいのものではないかと老婆心ながらに思ったことを記憶している。もう戻れない過去への憧憬。あの時代は良かったね式の、誰もがアクセスしやすい感傷。70年代の日本語ロックが大きなインスピレーション源の一つとなっていたバンド森は生きているが、コンテンポラリーな存在意義をすり抜けて、ただ単に「あの時代」を思い起こさせてくれるような若手バンドとして語られる局面も少なくなかったことを記憶してる身として、この『ノスタルジア』とは、思い切ったタイトリングだな、と思ったものである。しかしながら同時に、この言葉をタイトルに選んだには、なにがしかの、こちらの思考を豊かに呼び込む、ひそやかな意味が孕まされているのであろうということも、思ったのだった。そこで、はたと思い至ったのが、旧ソ(後に亡命)の映画監督アンドレイ・タルコフスキーによる同名映画(83年作)のことである。私は映画全般についてはもちろん門外漢なので、ここでその内容と魅力を詳述する力量も術も持たないのだが、あらましを説明するなら…(この映画にネタバレという概念が当てはまるかどうか疑問だが、以下、全体に触れているのでご了承ください)。


 旧ソに生まれた詩人であり作家の主人公アンドレイ・ゴルチャコフ(ファースト・ネームが監督と同名であることに注目。監督自身に重ね合わせられているとする見方が有力)が、自らの研究対象である、同じく旧ソ生まれの作曲家の生涯と足跡を追い、通訳の女性(エウジェニア。ふたりの間には恋人であるような、そうでないような微妙な距離感がある)とともにイタリアのトスカーナ地方を旅している。主人公アンドレイは心臓病を病んでおり、自らも死期が遠くないことを悟っている。非常なほどのロングショットを多用しつつゆっくりと進む物語に、時折幻覚のように挿入されるモノトーンの風景。これこそはまさに、主人公アンドレイが永遠の憧憬をもって想いを馳せる、少年期における旧ソの田園風景であった。さて、物語は終始、一般的な意味においてのドラマツルギーの生起を裏切るように、淡々と、ゆっくりと進んでいく。そんな中、とある小さな街(その街の広場には公共の屋外温泉がある)で、ドメニコという男に出会う。彼は、間もなく世界の終末が至り来ると信じ、家族を幽閉し自らも隠遁し、周囲からは狂人として扱われている。そんなドメニコを理解できないエウジェニアと対象的に、アンドレイはむしろドメニコに関心を抱く。ある日アンドレイはドメニコが住処としている廃墟に赴き、そこで、「広場の温泉の端から端まで、蝋燭の火を絶やさずに渡りきることが出来れば、世界は救われるだろう」とドメニコに説かれる。水の滴る廃屋。壁には「1+1=1」という不思議な数式が書かれていた…。
 その後、そんなドメニコとアンドレイに辟易してかローマへと去っていたエウジェニアから、アンドレイに架電がある。曰く、ドメニコがローマにおり、演説を行っている。彼は自分がアンドレイに頼んだあのことを実行したかどうかを尋ねている、というものだ。それを聞き、自身もローマに滞在中だったアンドレイは再び、あの温泉の街に向かう。そんな中、ドメニコは広場で最後の演説を続け、ついには焼身自殺を遂げてしまう。その時、アンドレイを廃屋に招いたときにも流していた、ベートーヴェンの第九が、大音量で広場へ流されるのだった。一方、件の温泉のある街に到着したアンドレイは、ドメニコに言い渡された通り、火の着いた蝋燭を手に、湯の枯れた広場の温泉を渡りきろうとしてる。風も吹く中、なんとか火を絶やさないようにするアンドレイだが、思いの外難しく、失敗を繰り返す。数度目の挑戦でなんとかやり遂げたアンドレイだったが、悪化していた心臓の影響もあるのであろう、その時ちょうど彼の命の火が消えていこうとする…。そして、再び、モノクロームで、幻夢ともいえる光景が現れる。静かに雪が降っている。そこにはアンドレイ自身もいる。極めて美しいラスト・カット。映像は、消失点を見据えながらゆっくりゆっくりとズーム・アウトしていく…。


 さて、もうお分かりかと思うが…このアルバムのアートワークに注目していただこう。右下へとゆるやかなスケープを描く防波堤、その上へ、遙か右方の水平線を臨む人々の姿が散在する。そして、更にその上には、大きく開かれた空。この、モノクロームの美しいジャケット写真の上に控えめにレイアウトされるOkada TakuroとNostalgiaの文字。彼本人がどれくらいに意図していることなのかを推し量るのは難しいが(とある芸術作品ととある芸術作品の関連度数やそこへ秘められた意図を第三者が推し量ることほどの無粋な行為もないだろうとは承知しながらも、その符合そのものへの興味の深さがどうしても勝ってしまうため、どうかここは堪忍していただきたい)、ここには、映画「ノスタルジア」で繰り返し現れるあのモノクロームの映像と抗い難く感応する美意識を感得してしまうのである。映画は、一般的な意味の「物語性」があると言うことを躊躇させるほどに、極めて非ドラマ的であるので、仔細な言語的レベルでの符合を探索しても無意味であろうことはすぐに分かる。むしろ、この映画に流れる、ロマン主義と儚げなニヒリズム~超人主義が逢着したような、極めて特異な美意識、また、もっと言えばこの映画の美の核心的な部分の表明とでもいうべきあの廃屋の壁に書かれていた「1+1=1」という数式について考えるレベルにおいて、より本質的な符合を見出すことが可能だろう。  そもそも、ここで言われる「ノスタルジア」とは一体何なのか。先述のような単純な「あの懐かしい過去」への憧憬ではないことは当然として、より根源的な「今もこの先もどこかにあるかもしれない、立ち還る/至るべき場所」として象徴的な意味を与えられているものとするべきであろう。そもそも「Nostalgia」とは、原意では通例日本で考えられているような「過去への憧憬」といったものより、ニュアンスでいえば故郷へ帰りたいと願う気持ち、喪失された故郷を切なく思う状態、もっと言えば苛烈なホームシック状態のようなものに近いという。(タルコフスキー自身は、この心情は、ロシア人が外国を旅する時に強く感じるもので、死に至る病に近いとさえ言える独特のものである、と述べている。)哲学的・肉体的危機を内面に抱えながら異国を旅するアンドレイが、旧ソの少年時代の田園風景に甘美とも言える感情を抱く時、それが、単なる喪失感から来る感情を越えた、異様なまでのポエティックな映像として表現されるということ。それは、たんに過去に遡行するということを越えた、戻るべき場所であり、至るべき場所の風景でもある。狂人ドメニコが求め続けた世界の救済という究極的大局に重ね合わされるような、個人救済としての状態こそが、「ノスタルジア」の名のもとに希求される安息であり、ある種の涅槃であるとも考えられる。この形而上学的な祈願というべきものが、狂人ドメニコと芸術家アンドレイという媒介を通し、一方ではカタストロフ、一方では安息という、見た目上は相反する二局面として表出されているのである。そしてあの「1+1=1」という数式。この数式の意味するところは様々に解釈が可能かと思われるが、希求されている世界の救済や、「ノスタルジア」の世界を著述した見取り図として捉えることにしたい。勿論、数学的な解釈では1+1は2になることが正しく、それ以外の解は当然に退けられる。しかし、それが水などの液体だったら?そしてまた、それが人間の想念全体、もっと言えば美そのものについてであったら?(キャリアを通して作品中に水のモチーフを多用するタルコフスキーの意図も、この視点から考えると解きほぐしやすいだろう)水は液体、つまり固有の外殻を持たないため、コップ一杯の水とコップ一杯の水を足しても、結局はコップ一杯の水となる。それと同様に、人間の想念についてはどうであろう?一つの想念と一つ想念が結合され、新たな想念に繋がっていくというのは、我々が日常的に今この瞬間にも経験していることだ。そして、美についてはどうであろう?この場合、そもそも美には定数的な概念の適用は難しいということが知れるだろう。何故なら、一つの美とは本質的に、既に美である時点でほかの美へ開かれており、そしてまたどこかで既に逢着しており、大きくみれば、1である美に包摂されるようなものであるのだからだ。(*筆者注)


 かつて岡田が私に語ってくれた言葉で強く印象に残っているものがある。それは要約するならば以下のようなことであった。
 少しでも「新しい」音楽を作ることは本当に難しい。そもそも「新しい」ってなんだろう。過去との比較対象を計る概念でしかない。だとしたら、「新しい」ものを作るためには過去の音楽を知らなくてはならないし、また、過去の音楽を表現の中に包摂するしかない。だから「新しい」ことをしようとするということは、過去のものを知り、求め、愛しながら、そこから少しでも踏み出ていこうとするその精神の希求である他は無い。だから、少しでも踏み出して少しでも新しい世界を手にすることが出来れば僕は満足だ。  この言葉は今でもずっと私の胸の中に大きな意味をもって響き続けている。これは、今をこの瞬間を生きるアーティストとして、創作するということに対する真摯さの表明であると同時に、映画「ノスタルジア」で希求されたような「過去」と「今」の中にたゆたいながら、それを越えた「ノスタルジア」と美の真理を求める芸術家の姿と重なってくる。そして、彼はまさに有言実行、その彷徨の成果をここにソロ・アルバムとして結実してくれたのだ。今この原稿を書き終えようとする中、もうアルバムを何巡聴き続けただろうか。それなのに驚嘆するのは、ここに織り込まれている様々な美しさが、ずっと、この瞬間も新たにその姿を垣間見せ続けてくれることだ。何故だろうか?それはこれが「1+1=1」の世界を希求する音楽だからだろうと確信している。彼自身は「少しでも踏み出せれば」良い、と控えめに言っていたけれど、ここにある美は、過去の美とも、そして未だ我々の前に現れえぬ、遠い遠い未来の美とも確かに接合している。


最後にアルバム収録曲「Amorphae(アモルフェ)」の歌詞の一節を書き出して、この小稿を閉じたいと思う。


祈りを折り曲げたひざを抱えた子供のように
触れると消えていく空白を掻き消してしまった

針のない時計の焦げ落ちた白い感覚だけが
冷たく流れてはてもなく繰り返される時


乾いた
壊れる音
あいまいなあそんだ空白
偶然の
永遠が
溢ていくような

祈りを折り曲げたひざを抱えた子供のように


沢山の人にこの作品を聴いてもらえることを願っています。




柴崎祐二(音楽ディレクター)



*筆者注:とある美を他の美から隔絶した外殻を持った固有のものであする考え方もあるが、これは単に表象面の議論としては正しいのであろう。しかしながら、ここでは美の発現である表象/形象を個別的に論じているのでは無く、美という概念そのものを論じている。また、「1である美」とは、「唯一」の、または「正しい」美という意味ではない。むしろ、仏教が教えるところの「空」をヒントに考えてみたい。この点を履き違えた結果、多くの全体主義が生起し、結果排他的態度で多くの美をむしろ屠ってきたという歴史的事実を見てみよう。これはまた、想念の場合でも同じだ。想念や思想を固有存立しうるものとして定数的に捉えてしまったのが「イデオロギー」という言葉だ。


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